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清水寺観光ガイド - 【完全版】2021年京都観光の穴場937選!

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清水寺

今も昔も人々を惹きつけてやまない清水寺ですが、その人気はすでに平安時代からあり、当時から多くの参拝客で賑わっていたそうです。清少納言の書いた「枕草子」や紫式部の「源氏物語」、近代に入ってからも数多くの文学に登場します。川端康成の「古都」では、主人公の千重子が夕暮れの清水の舞台で、自分が捨子であったことを告白するシーンがとても印象的です。それぞれの時代で、それぞれの時代の人たちが見た清水寺の風景を想像してみるのも醍醐味のひとつです。

清水寺の始まりは778年(宝亀9年)。奈良の僧、延鎮が霊夢にしたがい音羽の滝があるこの地に草庵を営むことに始まります。その後、蝦夷鎮圧で活躍した征夷大将軍の坂上田村麻呂の協力によって寺としての本格的な歩みが始まりました。

清水寺は戦乱や天災により何度も焼失や倒壊を繰返します。南都仏教と新興の平安仏教との紛争、応仁の乱では東軍の総大将細川勝元の焼き討ちにより全焼しました。現在のほとんどの建物は寛永大火(江戸時代)で焼失し、徳川幕府三代将軍家光によって再建されたものです。

清水の舞台ができたのは意外にも創建からたいぶ後のことで平安時代の後半といわれています。ですので清少納言や紫式部の時代には舞台はありませんでした。昔から清水観音に命がけの祈願をし、飛び下りる人はけっこういたようで、1872(明治5年)には京都府が飛び落ち禁止令をだしたことが記録されています。

現在でも京都で一番の賑わいをみせる観光名所ですので、人が比較的すくない早朝か、閉門前の夕暮れの拝観をおすすめします。

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清水寺

宗派 法相宗
創建 778年(宝亀9年)
価格 大人300円
小中学生200円
住所 京都市東山区清水1丁目294
営業時間 6:00~18:00(時期により変動)
URL ホームページ

見所

舌切茶屋
舌切茶屋したきりちゃや
清水寺参拝の後には忠僕茶屋と舌切茶屋という2軒の茶店があります。舌切茶…
濡れ手観音
濡れ手観音ぬれてかんのん
濡れ手観音(ぬれてかんのん)奥の院の裏側、石の玉垣にかこまれた小池中…
忠僕茶屋
忠僕茶屋ちゅうぼくちゃや
清水寺参拝の後には忠僕茶屋と舌切茶屋という2軒の茶店があります。忠僕茶…
音羽の滝
音羽の滝おとわのたき
清水寺の開創を起縁し、寺名を由来する。こんこんと流れる出る清水は古来…
ふれ愛観音
ふれ愛観音ふれあいかんのん
奥の院に飾られているふれ愛観音
百体地蔵堂
百体地蔵堂ひゃくたいじぞう
百体地蔵堂(ひゃくたいじぞうどう)釈迦堂と阿弥陀堂との間の奥に建つ。…
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仁王門におうもん
応仁の乱の兵火で焼失後の1469年に再建。清水寺の正門で綺麗な朱塗りのこ…
随求堂
随求堂ずいぐどう
随求堂(ずいぐどう)江戸中期再興。塔頭慈心院の本堂で、享保3年(1718)…
三重塔
三重塔さんじゅうのとう
創建は平安初期の847年といわれ、現塔は1632年(寛永9年)に再建された。高…
文明の梵鐘
文明の梵鐘しょうろう
応仁の乱によって溶解焼失した梵鐘に代わって清水寺を復興した願阿上人が…
阿弥陀堂
阿弥陀堂あみだどう
阿弥陀堂(あみだどう)江戸時代初期、重要文化財。寛永8?10年(1631?…
音羽地蔵尊
音羽地蔵尊おとわじぞう
清水寺境内にある音羽地蔵尊。
釈迦堂
釈迦堂しゃかどう
1631(寛永8年)の再建で1972年(昭和47年)に大豪雨禍にあい倒壊。同50年に復…

僧延鎮(えんちん)の開山

清水寺は奈良の小島寺の僧賢心(後の延鎮)の夢に「南を去って北へゆけ」とのお告げがあっとことに始まる。778年(宝亀9年)のことであった。延鎮は霊夢にしたって北にゆき、宇治川の北側縁に沿って黄金色に輝く流れを見つける。さらにさかのぼり、鴨川に注ぐ清流、音羽滝が金色水の源をであることを発見した。音羽の滝には延鎮の夢枕に立った行叡(ぎようえい)がおり、延鎮にこう言った。「お前の来るのを永年待っていた。観音力を封じた霊木を授ける故、これに観音像を刻み、我が草庵に観音像を祀り、寺を開け」。延鎮は行叡の言葉に従い霊木に観音像を彫り草庵に祀り、滝に打たれる修行にいそしんだとされる。

坂上田村麻呂の清水信仰

音羽の滝で修行に明け暮れる延鎮と坂上田村麻呂が出会うのは2年後の780年(宝亀11年)のことであった。田村麻呂は妊娠中の妻 高子の胎内の子がなかなか誕生しないことを心配し、安産に効くとされる鹿の胎児をもとめて東山の山中に入った。喉の渇きを覚えて音羽の滝へたどりつき修行中の延鎮と出会う。新しい生命のために殺生をすることを諌められた田村麻呂は延鎮の修行の決意、観音の悲願の深さに感動し、妻と共に延鎮に協力することを誓い自分たちの家を解体し、東山の山中に運び仮本堂を建てたとされる。

その後、征夷大将軍となった田村麻呂は蝦夷反乱を鎮圧。延鎮と協力して金色の十一面千手観音像と地蔵菩薩像・毘沙門天像を作って清水寺に奉納した。805年(延暦24年)には田村麻呂が朝廷から寺地を拝領し、桓武天皇の御願寺に指定され国家鎮護の寺として本格的な歩みが始まる。

度重なる消失の歴史

その後、清水寺は平安時代に入り寺容寺観がととのっていくが、戦乱や天災で幾度も焼失や倒壊している。平安時代から鎌倉時代にかけては前後三回ほども南都仏教と新興の平安仏教との紛争により僧兵らがなだれ込んで、清水寺を焼いたり壊している。1467~1477年(文明9年)に起こった応仁の乱では東軍の総大将細川勝元が焼き討ちをかけ全焼した。その後の願阿上人や徳川家光により再建されている。ちなみに清水の舞台ができたのは平安時代の後半といわれており清少納言や紫式部の時代にはなかったとされる。

世界文化遺産に登録

明治に入り清水寺の境内は15万6400坪であったが1万3800坪に減少。地主権現社は1869(明治2年)の神仏分離により地主神社になりました。1885(明治18年)に清水寺は真言宗の兼教を廃して法相宗となり、1965(昭和40年)に独立して北法相宗をたて大本山となりました。また1994(平成6年)にユネスコの世界遺産「古都京都の文化財」として17社寺のひとつとして登録されました。

778奈良子島寺の賢心(けんしん)、後の延鎮上人(えんちんしょうにん)、夢告により音羽の滝を尋ね、連行中の行叡居士(ぎょうえいこじ)から霊木を授かり清水寺を草創
780坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)、賢心(けんしん)に感銘を受け、夫人とともに本尊十一面千手観世音菩薩を安置
798坂上田村麻呂、地蔵菩薩・毘沙門天像を安置。清水寺の額をかかげる
847葛井親王(ふじいしんのう)、三重塔を創建
1113南都(奈良興福寺)、北嶺(比叡山延暦寺)の抗争が激化し、叡山僧兵・祇園社神人が乱入し堂宇が破壊される
1188法然上人、阿弥陀堂にて不断念仏を修する
1336足利尊氏、後生を頼む願文を奉納する
1469応仁の乱によって堂塔全焼
1520清水寺縁起絵巻が作成される。やがて参詣曼荼羅を作成される
1629火災により堂塔伽藍のほとんどが焼失。徳川家光、再建発願。
1633本堂復興。やがて成就院再興、庭園修景。
1868神仏分離令。地主神社が分離独立。上地令で寺領が十分の一に減少する
1994世界文化遺産に登録される

清水寺へのアクセス

清水寺は市内の東方にあり、京都駅からはバスで30分ほどの距離にあります。バス停を降りてからは、15分ほどの坂をのぼる必要がありますので、できるだけ動きやすい服装でお出かけください。京都でも一番観光客が多い寺院ですので、普段から大変混雑します。清水寺は早朝は6時頃から夕方18時頃までと長い時間拝観できますので、できれば早朝の開門時か、閉門前の遅い時間に行くのが、人が少なくておすすめです。

JR(京都駅)をご利用の場合

JRをご利用の場合はJR京都駅からバスをご利用ください。京都駅から京都市バス206系統「東山通北大路バスターミナルゆき」もしくは100系統「清水寺祇園 銀閣寺ゆき」に乗車し「五条坂」で下車ください。バス停からは徒歩で15分ほどかかります。土・休日のみ限定で京都バスも利用できます。18系統「大原ゆき」に乗り「東山五条」で下車ください。バスでの観光は1日乗車券500円が便利です。1日乗車券は京都市バスも京都バスどちらも利用できます。

阪急電鉄をご利用の場合

阪急電鉄をご利用の場合は「四条河原町」で下車ください。四条河原町からは京都市バス207系統「東福寺・九条車庫ゆき」をご利用ください。「清水道」で下車、徒歩10分ほどです。他に京阪バス83・85・87・88・88系統も利用できます。四条河原町から清水寺までは徒歩で30分以上はかかりますが、祇園・八坂神社・ねねの道・高台寺など清水寺に行くまでに見所がたくさんありますので、時間がある場合はゆっくり散歩しながら行くのもよいかもしれません。

京阪電鉄をご利用の場合

京阪電鉄をご利用の場合は3通り行き方があります。まず乗り換えをしない場合は「清水五条駅」で下車ください。ただし清水五条駅から清水寺へは徒歩で25分ほどかかりますので、あまり歩きたくない方は「七条駅」か「祇園四条駅」で下車し、バスをご利用ください。どちらの駅からも距離はあまり変わりませんが、混雑時は「七条駅」からのほうが短時間で到着できます。

七条駅からは京都市バス206系統「東山通北大路バスターミナルゆき」か100系統「清水寺祇園 銀閣寺ゆき」に乗り「五条坂」で下車ください。祇園四条駅からは京都市バス207系統「東福寺・九条車庫ゆき」をご利用ください。

自家用車をご利用の場合

清水寺の周辺には京都市市営駐車場(普通車59台)や民間の駐車場がありますが、混雑時は駐車できないことも多く、車での拝観はあまりおすすめできません。また清水寺周辺の東大路通りも観光シーズンは大渋滞になりますので、どうしても自家用車という場合は少し離れた場所に駐車して徒歩で向かうのが賢明です。

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